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【ヒゲを剃る】
入院の前日だというのに、山○病院の外科外来カフク看護婦から電話が入った。
「よしださん、確か立派なおヒゲがありましたよね」
「はい」
「あのぉう、おヒゲを剃って頂きたいのですが・・」
「はぁ、・・・」
唐突な話に、ヒゲのないのがカフク看護婦の好みなのかと一瞬思った。
よく訊いてみれば、
「おヒゲがあると、口から気管へのチューブの固定が・・」
「髭(くちひげ)か鬚(あごひげ)か、どちらが邪魔なの」
☆
また電話があり、
「あのぉう、両方ともおヒゲを剃って頂きたいんです・・」
「三角の酸素マスクなら、いいんじゃないのぉ・・」
☆
またまた電話があり、
「自力呼吸の補助なら酸素マスクが使えるんですけどぉ、
全身麻酔の場合は、やはりチューブの固定が・・」
「(憮然として)・・」
「あのぉう、決心がつかないようでしたら、明日入院してからでも・・」
☆
洗面所の鏡に向かい、よそ様には決して判らぬ、決別の深い悲しみを5分間も味わった。
【胆嚢切除オペ】
「ヘソの上に12mmφの穴(カメラ用)、ミゾオチと右わき腹に小穴をあけて腹腔に器具を挿入・操作します」
「カメラで撮影している画像をモニターしながら進める3点式オペです」
「出血などカメラの視界確保ができなくなれば、途中から従来法の開腹術に移行する可能性も10〜15パーセントあります」
「こういう器具で、胆嚢管にチタン製のクリップをかけます」
「水曜にオペ、木曜から歩け、土曜には退院できる見込みです」
と、数日前に伊○ドクターの説明があり、オペへの不安はない。
☆
病室のベッドに横たわり、前夜の下剤内服に続き、早朝から温かいグリスで浣腸され、
術中・術後の血栓形成予防(エコノミークラス症候群対策)用ストッキング(米国製)を両足に履き、
T字帯(フンドシ)を着用、手術着をはおって
ストレッチャーに寝た。左腕に点滴がポタポタ落ちて・・。
肩に麻酔を筋肉注射。
正直に告白すれば、その辺までで記憶は途切れている。
病室を出たのも、愚妻と娘が声を掛けてくれた(らしい)のも・・。
☆
気がつけば翌日午前、伊○ドクターの回診。
背中のチューブ(延髄硬膜外への全身麻酔用、オペ後の鎮痛剤注入用)と、
腹腔のチューブ(腹腔内滲出液の監視用)、鼻から気管への長い酸素注入用チューブと、
尿道留置カテーテル、合計4本を抜いてもらい、こりぁぁ楽だ。
あとは左腕に点滴が繋がっているだけ、傷口の痛みもない。
☆
病室での読書用に本を用意した。
軽い文庫・新書版では、
「前略、人間様」長渕 剛(新潮文庫)
「ぼくの音楽人間カタログ」山本コウタロー(新潮文庫)
「衣食足りて文学は忘れられた」開高 健(中公文庫)
「古代アレクサンドリア図書館」アバディ(中公新書)
「なわばりの文化史」秋道智彌(小学館ライブラリー)
「魚々食紀」川那部浩哉(平凡社新書)
「サカナと日本人」山内景樹(ちくま新書)
単行本では、
「関係者以外立ち読み禁止」鹿島 茂(文藝春秋)
「開高健のいる風景」菊谷匡祐(集英社)
「たばこの本棚」開高 健(青銅社)
「文士と釣り」丸山 信(阿坂書房)
「ジョーアンドミー」プロセック(青山出版社)
「釣道楽」村井弦斎(新人物往来社)など。
ありがたいことに、町田・習志野・杉並・淡路島などの釣り本収集家からお見舞い本が届き、
たいくつな病床で新たな涙と勇気をもらった。
【絆創膏の恐怖】
まだ腹に孔が3つ開いたまま(絆創膏を貼ってある)
だけど、体内に爆弾(胆石)がなくなり、嬉しいな。
突然の痛みに対処するための、バファリン・プラスと座薬持参の綱渡り生活から開放された。
回診の時、
「退院後は、消毒しといて下さい」
と、伊○ドクターが言ったのは、傷口をカバーしている
絆創膏(スズケン製の滅菌防水プラスター)を剥がして、
医家用綿棒に塗布用消毒薬イソジン液をつけ、
傷口にチョンチョンとつけ消毒し、再度絆創膏を貼って
おきなさいということなのだ。
退院時に渡された、傷口消毒材3種がそれである。
☆
さて退院翌日。
傷口を消毒したいのだが、怖い。
3ケ所の絆創膏を剥がすと、その下がどうなっているかを
想像してしまう。
そういえば、まだ一度も傷口をじっくり見ていなかった。
「ポッカリと孔が開いていて・・」
「ジクジクと赤い臓物が・・グロイ感じで・・」
などと、そばで娘が眉間にシワを寄せる。
「ひゃぁぁぁ」
愚妻は隣室へ逃げてしまった。
よしさん恐る恐る、自分で腹の絆創膏を剥がしにかかる。
指先に力が入り、緊張は最高潮に。
なんと、剥がしている絆創膏の下に、もうひとつ極小の絆創膏
がある。
「そうか、この極小の絆創膏に消毒液をつければいいんだ」
【黄疸】
朝の光でTシャツから、のぞいた腕を見ると、ところどころまだらに、
明らかに黄色くなっている。
うわっ、オウダンじゃないかぁ。
確かに左右の腕の、ひじから手首までの区間に異変が認められる。
左腕に5ケ所、右腕には3ケ所、これを核にしてドンドン拡がってくるのかも。
ウワァ〜ァ、どうしよう。
急いで病院へ電話をつなぎ、外科の伊○ドクターを呼んで頂くと、あいにく診察中とのこと。
それでも後で電話を頂戴できることになり、カフク看護婦に詳しく症状を説明していると、
「それって注射とか点滴の針を刺したあたりですか」
「はい、そうです」
「初めは青アザのようになっていましたか」
「そっ、そうです、どうして判るんですか」
「よっ・しぃ・だぁ・さん、それは黄疸じゃありません」
「・・・」
「元の皮膚の色に直る正常な経過で、皆さん、そうなります」
「はぁ、じゃ異常ないんですか」
「(怖いお声で)正常です」
「(消え入りそうな声で)し、失礼しました」
☆
今度、菓子折りでも持ってゆこう。昼休みのナースステーションへ格好のアホネタを提供してしまったようだ。
トホホ。
【謝意とお詫びと勧め】
検査し、発見し、執刀して頂いた技師とドクターの皆さん、フォローしてくださった看護婦(士)の皆さん、ありがとう。
先祖に授かりながら、五臓六腑の一角を52年間で失ってしまい、申し訳なく反省しています。
本稿をお読みくださった貴兄が、もし胆石にお悩みなら、よしさんのお勧めは当然、山○病院です。