[整理番号:0082]
俳優の今井健二に「魚が勝手に食いつく本」(祥伝社1983)がある。
蔵書整理で久しぶりに読み返していると、
今井健二が浅草の喜楽釣具店の2代目・喜多村武から、
当時(学卒の初任給が1万円の時代に)2万円もしたフライロッドを、たったの4千円で譲ってもらった粋な話が書かれていて、
人や道具との出会いにも、ある種のドラマがあるものだと感心する。
よしさんのフライロッドも1本は、喜楽だ。
アルミケースに、
「Mr.Aメモリアル」のダイモ・テープを自分で貼った日を思い出す(あのボツボツした凹凸のあるラベル、テプラじゃない)。
Mr.Aとは、父の釣り友達・釣りキチの荒木田氏のこと。荒木田氏は千葉で轟金魚センターを経営され、
相模湖のヘラブナ釣りにのめりこんでいた。
店舗は金魚センターとなじみやすい商号だけれど、店裏はまさに養魚場というべきで蓄養池を何面も備えていた。
父は、
千葉の自宅の大半をハンドメイドしただけではあきたらず、
地下足袋を履いて、三又に吊ったチェーンブロックにワイヤーロープを掛け、庭石の配置替えをしたり、庭石の間に
自分で何度も作りなおした自慢の池に、錦鯉を入れるのが趣味であった。
そのため、飲用とは別に池専用の井戸も屋敷内にあり、池の水は常時オーバーフローさせ、落差に作った
水音を聞くのも父の楽しみらしかった。
けれど、2台の井戸ポンプの定期的なパッキン交換作業は、狭く薄暗い井戸小屋で大型パイプレンチ2丁掛けなどと、知る人ぞ知る大仕事で、
よしさんは渋々手伝っていた。
荒木田氏は、
同じ町内会の父と誘い合わせて、父のライトバン(ファミリア5ドア=1300cc)で印旛沼や佐原方面へ良くヘラブナや鯉釣りにでかけていた
から、吉田家ご用達の錦鯉は、轟金魚センターという図式だった。
なにせ歩いて5〜6分の距離だから、始末が悪い。
庭に父が見当たらなければ、「ははぁ〜ん、また轟金魚センターだな」という具合。
元気で威勢のよかった荒木田氏が1988(昭和63)年4月急逝され、
周囲にフライロッドを振れる釣り人がいなかったこともあり、形見分けされたロッドのひとつが、よしさんの手元にきた。
それが喜楽の4番、grampus PF−7066だ。
リールは、shakespeareのspeedEX。
視認性が良く、浮力もかせげるよう、背に発泡スチロール片の目印を巻き込んだドライを自作し、
雄蛇ケ池で父がヘラブナを釣る傍ら、よしさんはフライの練習がてら、ブルーギルを釣り、ロッドと父を喜ばせたりした・・。
また某真冬。
個人輸入した7番ロッドを携え、意気揚々と本栖湖へ向かう時、「Mr.Aメモリアル」も予備に
積まれたが、70〜80cm級のモンスター(ブラウントラウト)狙いには、残念ながら出番がなかった・・。
余命半年を宣告され、1996(平成08)年11月に父が亡くなり、
思い出の「Mr.Aメモリアル」も、千葉から四街道へ、四街道から仙台へ、そして再び四街道へと旅してきたが、
いつも書斎に逼塞したままだ。
今年はボツボツ埃を払って、亀山湖へ連れだそうか。
新しいドラマを作りに。
☆本稿を、フライに入門した頃を思い出したあなたと、鬼籍に入った「Mr.A」、並びに父に捧ぐ。