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| 0039 |
| 鵜熊堰(うくまぜき) |
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| 千葉県いすみ市(旧夷隅郡岬町)榎沢(えのきさわ) |
1地形図 | 国吉5818,5828, |
分 類 | 溜池(潅漑用) |
別 称 | な し |
| JR外房線太東駅より、西へ約3km。 国道128号線を下り、キグナス石油の"東浪見"信号(歩道橋あり) を右折。 JR外房線を陸橋で越え、太古橋を渡り500m先(右ト)を右折。 八幡神社の先(左ト)を左折。 500m先(左ト)を左折し、農道を進む。 |
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| 7m |
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| 原形は不詳。 |
生息確認年月 | 1993(平成05)年10月10日未確認 1998(平成10)年07月18日未確認 |
| 貸しボート・トイレ・売店なし。堰堤下に数台なら駐車可。 |
| 谷津の奥に、T字型に広がるため池。 |
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堰堤を登ると、想像以上に広く静かな水面が現れる。 鯉・鮒・鰻・ザリガニ・コサギが生息。 1980年代後半には、虹鱒も釣れたことがある。 水色はマッディー、水面はオープン。 |
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陸からのアプローチは、東岸のみ可能。 水面は西なので、午後は逆光になる。 鯉・鮒の餌釣りなら、のんびり楽しめよう。 南の谷筋は、大堰との分水嶺である。 |
| 榎沢耕地整理組合により、1933(昭和08)年12月溜池改修起工。 |
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1934(昭和09)年05月、竣工した。 堰堤は盛土で、内面は急角度のコンクリートタイル張り。 下方は砕石の蛇籠積みとなっているので、釣りは「カカリ」に注意。 堤長約100m・堤頂幅約4m・取水は斜樋・余水吐けは越流式。 管理は、榎沢土地改良区である。 流末は椎木川を経て、夷隅川(流路延長67.5km,流域面積299.4ku /別項参照)に入る。 |
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1962(昭和37)年榎沢(蟹田)で縄文時代の石鏃発見される。 1912(大正01)年榎沢で、弥生時代の壷出土。 1321(元享01)年04月榎沢大栄寺創建。 ここでも農耕の歴史は古い。 稲作と珪酸の話。 「珪酸は、稲藁を焼いて灰を作る場合に、その80%以上が珪酸(SiO2) であるほどに、稲の体を構成している無機成分の中で、いちばん重要な 成分である。 そして珪酸の含有量が多い稲藁は、表皮細胞の細胞膜が珪質化して 固くなり、イモチの菌が、表皮細胞を食い破って侵入しにくくなるから、 稲の耐病性を強化する意味で重要な成分である」 水質分析技術どころか、珪酸やカリウムなどの概念もない弥生時代の 太古から、日本人の祖先は水田で稲作をしてきた。 脱穀後の稲藁は、燃やされて水田に珪酸肥料として還元され、 稲という植物の2000年もの連作に貢献。 同時に稲藁は建材としても活用されてきた。 思えば何と素晴らしい先人の知恵であろう。 |
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「水の健康診断」から、珪酸(SiO2)とカリウム(K)の含有例を紹介しておこう。
1949(昭和24)年再刊の『釣魚手帖』では夷隅川の魚類に、ボラ・ ウナギ・ドジョウ・コイ・フナ・ハゼ・エビ・クロダイ・アユ・ウグイ (ハヤ)・オイカワ(ヤマベ)を挙げている(154pp)。 岬町に、岬ダム(別項参照)・大堰(別項参照)・亀ケ城(別項参照)等がある。 |
○釣魚手帖 松崎明治 | 1949(昭和24)年01月25日 | |
丘書房 | ||
○千葉県統計年鑑(昭和42年) | 1968(昭和43)年03月25日 | |
千葉県企画部統計課 | ||
○岬町文化史年表 清水豊 | 1973(昭和48)年03月08日改訂2版 | |
岬町文化財審議委員会 | ||
○水の健康診断 小林純 | 1982(昭和57)年10月10日第8刷 | |
岩波新書 岩波書店 |