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新利根川位置図
整理番号
0025
名 称
新利根川(しんとねがわ)
所 在 地
茨城県北相馬郡利根町、龍ヶ崎市、稲敷郡河内村、新利根村、 東村、桜川村、
2万5千分の
1地形図

龍ヶ崎1139,1147,1148,1149,1155,1156,1157,1160,1161,1162,
1163,1164,1165,
下総滑川1207,1208,1209,1215,1216,1217,1221,1222,1223,
1224,1225,1230,1231,
麻生0656,0657,0666,0667,0672,0674,0675,0676,0680,0681,
0682,0683,0684,0690,(一部省略)
分 類

河川
別 称
谷原新川、新川、古利根川、
新利根川河川図
アクセス
JR成田線布佐駅より、北東へ約2.6km(上流部)
JR成田線滑河駅より、北へ約3.5km(中流部)
JR成田線佐原駅より、北西へ約6.5km(河口部)。
長大なエリアのため、車でアプローチされる方は、各位検討下さい
湛水面積
・・
最大水深
3m
総貯水量
・・
流域面積
・・
完成年月
開削は、1665(寛文05)年01月05日完成。
現状は、1882(明治15)年以降。
BASS
生息確認年月
1983(昭和58)年02月13日(赤松健次郎)。
ボート店

貸しボートは、河口に2軒が営業。
 
国道125号線の新利根大橋東詰(右岸)に、松屋(電話0299−79−1369/エレキ後部取付可・
FRPボート2人乗・3HP船外機付もあり・桟橋なし/川岸に乗上げ・素泊り・食事可・BASS45cm以上はバッチ進呈・年間最大重量魚の方にROD進呈)
対岸には、水神屋ボート(電話0299−79−0221/エレキ前後取付可の和船「木+FRP」・FRPボート
2人乗・3HP船外機付もあり・桟橋なし/川岸へ接岸・食事可)。
ただし、妙妓水道より霞ケ浦本湖へは、乗り出し禁止(危険防止)である。
上流〜中流部にトイレ・売店なし。
ようこそ新利根川へ
特 徴
貸しボートで攻めるなら、霞ケ浦(別項参照)に続く河口の稲敷大橋から新利根川河口水門周辺 いわゆる、洲の野原(すのやわら)であろう。
 
水面の東西幅300〜400m・南北1,500mのエリアに、橋桁・水門・ブレイク・杭・シャロー・コンクリート 護岸等のストラクチャーがある。
ボトムは、泥・土・砂と選べ、岸辺は葦等が生えている。水色は、マッディー。水面はオープン。
東岸は超シャローが続く。ただし大場所だけに、風には弱い。
新利根川上流にて、オカッパリ
もう一つは、新利根川河口水門から上流、ボート店前の新利根大橋・東中神橋・伊佐部橋・釜井橋・ 幸田橋あたり迄の、川筋を攻める方法。
こちらは、新利根川がおおむね東西方向に位置する関係で、北風に強い。
冬季の釣りには、お勧めコースである(防寒対策は充分にして下さい)。
川筋での平均水深は、約2m。最大水深は、約4m。 川幅は40〜60m。水色は、ややクリアー。
マイボートで、テンポよく・・
次に、古式(?)の、陸っぱり。 陸からなら、中流部で国道408号線の堂前橋付近、破竹川の合流するあたりから、県道江戸崎・神崎線の幸田橋近辺迄、 約10km区間の両岸であろう。
水深はやや浅くなるが、川幅は20〜60mあり、浮力のある小型のクランクベイトも使える。
堤防上は、両岸共小型車なら通行可能で、軽自動車なら駐車もできよう(通行の障害にならぬこと/農道の路肩を壊さぬこと/ 農業機械は車幅が広いので、代掻き・田植え・稲刈りの時期は遠慮したい)。
橋桁・水門・杭・コンクリート護岸・葦・土手の抉れ等があり楽しめ、鯉・真鮒・ヘラブナ等も生息している。
新利根川におけるBASS生息開始年月は、1980(昭和55)年と推定され、よしさんJrは、新利根大橋で1994(平成06)年12月16日、BASS48.0cmを、キャッチ&リリースしている。
最近のヘラブナ釣りは、大崎紀夫が『へらぶな釣り場50選』に書いている(94pp)。
新利根川の第5種共同漁業権は、新利根漁業協同組合に免許されている。
由 来

新利根川は、将軍徳川家綱の命令により、1662(寛文02)年、伊奈国十郎忠克(忠勝)が開削。
布川村押付(今の茨城県北相馬郡利根町押付新田)から、霞ケ浦迄延長8里(約32km)余を掘って、利根川(流路延長322km, 流域面積16,840km/別項参照)の新川としたのが起源。
他の区間は、既存の平須沼(今は、ありません)等を繋ぎ、布川村山王祠から立木村迄は、堤防も築いた。
堤防は、1662(寛文02)年08月着工・1665(寛文05)年11月に完成、南堤北堤共に約13,000間である。
1665(寛文05)年01月05日、利根川を塞いで、新川に水を導いた。
開削の目的は、利根川下流の蛇行する流路を、直線の新川に代えることにより、小貝川(蚕養川)・利根川の水を一挙に 霞ケ浦へ流し、利根川下流香取郡沿岸の水害を防止すると共に、手賀沼(別項参照)・印旛沼(別項参照)の水を涸らせて、 そこに水田数万町歩を得ることであった。
新利根川はMMSも、狙いです
実際に新川が完成してみると、水深が浅く、流速も急であり舟運に役立たず、むしろ決壊し水害が多くなった。
更に二つの沼は依然として涸れず、僅か2年後の1667(寛文07)年02月に、押付の新川口を塞いで、再び利根川を旧道に戻した。
この失敗にめげず、忠克は1667(寛文07)年小貝川に羽根堰を設計施工し、新川流域の用水としている(現在の豊田用水)。
羽根堰は、1839(天保10)年移築され豊田堰となる。
豊田堰は、岡堰・福岡堰(別項参照)と共に関東三大堰と呼ばれ、押付から豊田堰迄は、僅かに1.8kmである。
布川は「利根川図誌」の著者赤松宗旦[1862(文久02)年04月21日没57歳]の生地で、北相馬郡利根町中谷に、歴史民俗資料館がある。

釣り場は、明治時代の都内中心から、徐々に遠くなり、昭和初期には鉄道を利用し、松戸・我孫子・佐貫等へ拡大した。
布佐周辺のフナ・ヤマベ、新利根川方面のフナ、利根川のスズキ釣りは加納幸蔵の『釣り暦 第1編』に描かれている。
常磐線藤代駅前から金江津行き森田屋バスでアプローチした、 古き時代の新利根川と、前沼・早井沼・後沼・蒲沼(かばぬま)・東奥山新田の沼・加納の二ツ沼・立崎沼・萱沼・鍛冶谷沼・藻心田の蓮沼・八子川等 のフナ・コイ・ナマズ釣り場案内は、森田春雄『関東百万人の鮒釣場案内』(137pp)に紹介されている。
新利根川近辺、浄玄・長竿・上ノ池・不動免の池・八子川と古川・二本松・幸田橋 の戦前の様子は、加納幸蔵の『鮒の釣場』に詳しく、案内がある。
『関東百万人の鮒釣場案内』『鮒の釣場』で、父の時代(あるいは祖父の時代)を懐かしむのも、よかろう。

関西からのヘラブナの移殖史は、渡辺利之助『へら鮒釣』に詳しく、一部を引用 紹介して見よう。
「ヘラ鮒の起りを文献に依って調べて見ると、福島県信夫郡笹谷村と言うところ に滋賀県から移したと言うのが一番古い記録で、次に昭和2年に同じく福島県 安積郡ゼンポウ寺の池にゲンゴロウ鮒を入れたと言うのが古く、霞ケ浦方面は 昭和5年に琵琶湖から親ブナを持って来て神の池、牛久沼、菅生沼(何れも 茨城県)に放ち、その一部分を茨城県の水産試験場で飼っておいて翌年卵で 霞ケ浦に放したと言うのが一番古い記録だと言われます(以下略)」
その後、昭和7年より北浦・涸沼に放流された・・。
ヘラブナ釣りファンなら、押さえておきたい小史である。

もっと知りたい貴女に
[参考文献]
○釣り暦 第1編 東京東北部
加納幸蔵
1931(昭和06)年04月25日再版
釣り暦発行所
○関東百万人の鮒釣場案内
 森田春雄
1941(昭和16)年12月20日
三弘社
○鮒の釣場 加納幸蔵 1944(昭和19)年01月18日
春陽堂書店
〇へら鮒釣
米地南嶺・渡辺利之助
1956(昭和31)年10月15日再版
つり人社
○利根川 飯島 博 1958(昭和33)年03月15日第2刷
三一書房
○利根川図志 校訂柳田国男 1972(昭和47)年04月20日第5刷
岩波書店
○利根川・隅田川 安岡章太郎1977(昭和52)年06月15日初版
旺文社文庫 旺文社
○月刊TACKLE BOX (No.21) 1983(昭和58)年10月28日
投稿記事 赤松健次郎 フリーウェイ
○川魚図志 芦原修二1984(昭和59)年10月20日初版第1刷
崙書房
○日本のへら鮒釣り場写真集 1985(昭和60)年12月15日
日本へら鮒釣研究会 編発行
○尺取虫 御供文範1998(平成10)年03月01日
北尾正一 淡水真珠に懸ける
常陽新聞社
○平成調査新・霞ケ浦の魚たち
萩原富司・熊谷正裕
2007(平成19)年03月01日初版
霞ケ浦市民協会
○利根町史(第7巻)
通史 近・現代編
2007(平成19)年03月16日
同編さん委員会 利根町
〇へらぶな釣り場50選 大崎紀夫2009(平成21)年01月10日
三樹書房

1998年04月01日発表Release. 2005年09月21日一部修正 2008年06月11日河川図追加・本文&参考文献追記
2009年10月13日本文一部追記&参考文献追記 2010年01月02日本文一部追記&参考文献追記
http://lake-champ.com/ 赤松宗旦と、赤松健次郎、奇縁だナァ Copyright by yoshisan.